————————————
悪行組本部に用事があるという悪徳マンを車の中から見送った後、今日はもう迎えに来なくていい。と言った悪徳マンの言葉を思い出す。つまり、今日は本部に泊まるのだろう。
折角できた自由になる時間を無駄にしないように、とスーツを新潮しようと店へと向かう。信号で止まったのを見計らったかのように助手席に放り投げた携帯が音楽を奏でる。路肩に寄せて井上は携帯を取り上げる。ディスプレイに表示された名前に少し驚いた表情を仮面の下で浮かべて。
「雨だから迎えに来い。そっちが雨じゃなくても来い。つーか、文句言わずにさっさと来い。来ねーとどうなるか判ってんだろうな?」
そんな理不尽とも思える悪徳マンの一方的な通話を終了させ、小さく井上がため息を吐く。外を見れば空はどんよりと曇っている。確かにいつ雨粒が落ちてきてもおかしくはなさそうな天気になっている。
(だから傘を…と言ったのに…いや、それ以前に今日はもう迎えに来なくていいんじゃなかったのか…?)
気が変わったのか、それとも用事が思ったよりも早く済んだのか?
ツーツーという音を聞いて我に返った井上が携帯を再び助手席へと放り投げる。悪徳マンが助手席に座ることはない。いつも後部座席で、ああでもない。こうでもない。ああだったこうだったと愚痴にも近い言葉を背中から放り投げてくる。それを聞きながら井上は思う。この人は誰よりも『愛』や『温もり』に飢えているのだ、と。
使えるものはなんでも使う。
騙される方が悪い。
騙して何が悪い。
その言葉を聞く度に、胸が締め付けられる。
ふぅ、ともう一度小さくため息を吐いてからウィンカーを出して本線へと合流する。多少遅れても怒られたり、詰られたりするのは自分だ。そう言い聞かせてゆっくりと悪行本部へと車を走らせる。
不意に路地裏の奥に蠢くものに目を奪われる。
「…人間同士の小競り合いか」
吐き捨てるように呟く。
興味ない。今はそれよりもボスを迎えに行く方が先だ。
それなのに何故足が動かないのか。少しアクセルを踏めばいい。そうすれば、この光景から離れられるのに。
3人の少年に囲まれた1人の少年。手を伸ばして何かを取り返そうとしているのか。仮面越しにその光景をじっと見つめる。怪人同士にも足の引っ張り合いや小競り合いはある。だが、人間同士は醜いものだな。
「返してよ、お母さんの形見なんだ…!」
「――――!?」
今、自分が怪人なことが少しだけ恨めしかった。人間なら聞こえないだろう距離でも声が聞こえてしまうなんて。
ちっ、と忌々しそうな舌打ちを一つだけ残し、井上が車を降りて路地裏へと足を進める。
「……くだらないことを、しているんじゃない」
「あー?」
「もう一度だけ言うぞ。くだらないことをしているんじゃない」
「お、おっさんには関係ないだろ!」
仮面をつけているせいで真意や本意は汲み取れないようだが、少年たちは本能で何かを悟ったらしい。それでも強がりなのか何なのか、震える声で目の前の相手を精一杯威嚇しようと声を出す。
「お前たちには判らないのだろうな。
唯一の拠り所を奪われた者の、気持ちなど」
「何言ってんだ…?」
「それを彼に返せ。私はあまり気が長い方じゃない。…それから、ボスもな。あまり待たせると機嫌が悪くなる」
関係ないだろ、という言葉を少年たちが飲み込む。
だが、仮面をつけていても判る殺気にも似た鋭い眼光にごくりと喉を鳴らす。口の中は既にカラカラで考えなくても判る。これを返せば生きて帰れる、多分。返さなければ死ぬか死ななくても酷いことになるであろうことは。
蛇に睨まれたカエルのようにゆっくりとした動作で持っていた物を相手へと押し付けるように渡すと脱兎の勢いで走り出す。時間を確認し、思わぬ時間をとった、と独りごちて井上が車へと戻るために踵を返す。
「あ、の!」
「…うん?」
「ありがとうございました!」
ぺこり、というよりもブン!という音がしそうな勢いで少年は頭を下げる。その手にはさっき逃げ出した少年たちから取り戻したものらしい、プラスチックのケースが鈍い光を反射している。
大事なものなのであろうそれを胸のところでギュッと握り締めている少年を見下ろす。
「…助けようと思ったわけじゃない。ただ、お前の姿がある人と重なっただけだ」
重なった、という言葉に思わず眉を寄せる。
あの人は自分でどうにかするだろう。多分、自分よりも残虐で残酷な方法で。そして相手から取り戻して、それでもまだ執拗に相手を追いかけるのだろう。
その様子がいとも簡単に想像できてしまい、井上は口角だけを上げて微笑む。
「それでも結果的に僕は助かって」
「そう思うならそれでもいい。だが、何度でも言う。私はお前を助けたわけじゃない」
腕時計へ視線を落として井上は踵を返す。
背中越しに何度もお礼を言ってくる少年の言葉に何も反応することなく、車へと向かう。
「……ボスにまた何か言われるだろうな」
路地のところでまだ頭を下げている少年を見て、何故か胸が苦しくなる。
その苦しさを払拭するように何度か頭を横に振って、悪行組本部へと車を走らせた。
本部に着く頃には曇っていた空からは大粒の雨が落ちてきていて入口で雨を避けるように立っていた悪徳マンに井上は車を寄せてから駆け寄る。
「おせえ」
「申し訳ありませんでした」
「さっさと帰るぞ」
「はい」
後部座席に乗り込んだ悪徳マンが座るのを確認してから自分も運転席へと戻る。少し濡れたスーツを拭くこともなく、エンジンをかけようと鍵を差し込んだ。
「井上、お前…今日人助けしたんだってな」
「結果的にそうなっただけです。助けようとしたわけじゃありません」
「まー、いーけどよ」
今日の悪徳マンは何か変だ。いつもなら嫌味の1つや2つ、蹴りの1つや2つ飛んでくるだろう。それが一切ない。
「どうかされたんですか?いつもなら人助け何かしてんじゃねえ。ヒーロー気取りか?とか何とか言って蹴りでもいれるでしょうに」
「…別に。ただムシャクシャしすぎて何もやる気が起きねぇだけだ。それとも何だ?いじめられたいタイプか?ならいじめてやろうか?」
「私は」
「あ?」
「ボスがどんなに理不尽なことをしても、理不尽なことを言っても、傍にいると決めただけですから。貴方が私を見限ったとしても、貴方が総てから見限られたとしても、私は貴方を見捨てたりしない」
ワイパーが水を切る音と走る音だけが車内に響き渡る。
「…ば、馬鹿か、お前は」
「そうですね、馬鹿で結構です」
「疲れた。着いたら起こせ」
「…はい」
馬鹿じゃねえの、ともう一度低い声音で呟かれた声に、薄く笑みを浮かべてなるべくゆっくりと帰ろうとハンドルを握り直し、静かにアクセルを踏み込んだ。
Fin
(ボス、起きてください。夜です)
(はあ!?ちょ、は!?なんで夜なんだよ!)
(起こしましたが、起きなかったのでそのまま放置して夕飯を作ってました)
(そこは運べよ!車の中で放置ってどんだけだ!夏なら死んでたっつーの!)
(運ぶの面倒で…いえ、何でもないです)
(面倒とか言っただろ!!今!!)
すごいです…!まさか小説を書いてもらえるとは思わず…!
感激です!!!!今ちょうど悪行組側の話を描いているので
繋がっている感じでわくわくしますね!!!!
井上も悪徳も生き生きしていてとても楽しく読ませていただきました!!
有り難うございました!!!やったーーー!!!!